名探偵・浅見光彦は事件に巻き込まれた。
---天城峠付近で発見された老人の死体。そして、疑惑に満ちた、アイドルタレント桜井夕紀の心中事件。浅見と夕紀は、前に雑誌のインタービューで会って意気投合していたのだ。
老人が残していった千社札を尋ね歩くうち、この二つの事件が交差した!?
・・・・・・・伊豆に伝わる手鞠歌が、おそるべきトリックを暗示する本格推理。
(光文社文庫カバーより)
「浅見さ-ん」と呼ぶ声に振り向いた瞬間から、浅見光彦はこの事件に巻き込まれる運命にあったのかもしれない。(プロローグより)
後にセンセも、軽いノリで書き出したと述壊するようにプロローグがはじまる。
母、雪江の命で、日本古式泳法の取材に行き、浅見は浅見でも、小林朝美と知り合う。彼女の父親の殺人事件と、浅見がインタビューしたことのあるアイドル桜井夕紀の心中事件が意外な繋がりをみせる・・・

明治三十八年に天城トンネルが完成して、新道が通るまで、人々は標高千メートル近い天城峠を越えて往来した。トンネルができてからは車も行き交うようになったとはいえ、道幅は狭く、ちょっと雨が降ればたちまち通行止という難所であることに、たいした変化はなかった。
昭和四十五年に新天城トンネルが完成、取付き道路を含め四・一キロの区間が幅員八メートルの有料道路として供与されて、さしもの難所も解消した。(第1章 千社札を見る娘より)
いつの間にか、新天城トンネルも無料開放になっているため、実は、今回が旧道にはじめて車で乗り入れました。
この本にあるように、本当はのんびりハイキングがいいのでしょうが、最近ではそんな根性がすでになくなっています。(笑)
平日ではありましたが、一応夏休み期間中でもあったためか、それなりに対向車ともすれ違いました。
未舗装ですれ違いができないところもあるので、初心者の方は、車では行かない方がいいかもしれません。
帰りに新天城トンネルを通ったら、あっという間に通りすぎてしまい、行きにかかった時間を考えると、旧道の難儀さを改めて実感しました。

旧天城トンネルの中には電灯がついていない。
全長四四六メートルのトンネルの中央付近は、だから真っ暗である。かつては舗装もされていなかったのだが、あまりに危険だという声に押されて、トンネル内部だけ舗装したという経緯がある。
〜中略〜
おっかなびっくり、屁っぴり腰で、崖下を覗き込んだ。しかし、樹木や草が繁茂しているほかは、とくに気になるような物は何も見えなかった。(第1章 千社札を見る娘より)
上の新旧の天城トンネルの写真を見てもらえれば、旧道のうっそうとした雰囲気が伝わるでしょうか?
実際、トンネルの中は真っ暗で、車でよかったとつくづく思いました。
トンネルもそうですが、旧道沿いのうっそうとした感じも写真に撮っておきました。
実は、〜中略〜以降が、事件の謎に迫る大きなヒントなのですが、まだ読んでいない方のために内緒にしておきます。


この山門は総ヒノキづくりで、当時ヒノキ材は禁制とされていたものを使ったために、藩主の忌諱に触れ、楼門を建てたところで、それ以後の造作を許可されず、袖なし、開きなしという中途半端な姿のままになったという。そのために、重量感のある楼閣を、土台柱だけで支えているような頭デッカチの建物で、それがかえって見るものを圧倒するのだ。
本堂前に建つ太鼓堂は室町期の様式をそのまま残している。そのほかの建物はもちろんだが、周囲に鬱蒼と繁る樹林など、時代劇のローケーションにはうってつけの背景であった。
(第3章 北の旅より)
長安寺は大船渡近辺でもけっこう有名なところだったので、たいていのガイドブックにはでていると思います。実際に、僕はガイドブックで見て立ち寄り、あとで「天城峠殺人事件」に出てくるのが分かったくらいですから・・・。
先にこの本を読み返していれば、もう少し違った視点で見れたかもしれないのが少し残念です。
写真の太鼓堂は、上の文面のように、室町期の様式を色濃く残しており、確かにここでなら時代劇のロケによさそうだと思いました。ここで、ドラマ「義経と静」のヒロインを演じたアイドルが、事件に巻き込まれるとは・・・。このあと、訪れる「満蔵寺」とともに、このお寺がこの事件のヒントを光彦にもたらすことになるとは。。。

「お客さん、住田町の世田米です」
(〜中略〜)
参道の入り口の解説によると、満蔵寺は天正10年の開基だそうだ。石段を登ったところから細長く境内が広がっている。長安寺のものほどではないが、大小の山門が三つ、直線的に並び、宏壮な感じがする。この辺りの山はいたるところ良質の杉山だから、こういう木造建築は昔からお手のものだったかのかもしれない。
(第3章 北の旅より)
ここのガイドブックにあって、後でこの本に出てくると分かったところ。大船渡の市街地からは、けっこう車で時間がかかるところにある。途中、何気にトンネルを通過したが、まさかこのトンネルが・・・(←原作を読みましょう)
小さな集落の割には、場所がなかなか分からず、満蔵寺というバス停を見つけてやっと場所が分かりました。このお寺の境内には「下司」の千社札はありませんでした。

気にするせいか、国道沿いに警官の姿がむやみに目に付いた。この時刻にこれだけ多くの警官を見掛けることはめずらしい。やはり何か事件が発生して、緊急の配備についているとしか思えなかった。
(まずいな----)
武上は困惑した。これから人殺しをしようというのには、望ましい環境でないことはたしかだ。
だが、いくつかの町を通過し、気仙沼市域に入ってゆくと、警官の姿はパッタリ見えなくなった。気仙沼市付近には、修理工場の数は多いが、べつに変わった様子はない。
(なんだ、気のせいか----)
武上は自分の小心を笑った。幽霊の正体見たり-----だと思った。気仙沼市域が宮城県であって、岩手県警の緊急手配とは無関係の地域であるという事情など、武上は知るすべもなかった。
(第5章 二つの峠路より)
地元に住んでないと、意外と県境って分かりづらいもの。茨城・栃木・群馬あたりも、けっこう入り乱れていて、一瞬、何県?と考えてしまうことが多い。
この、宮城県気仙沼市も、地図をよく見ると分かりますが、東北道の一関方面から陸前高田方面を目指すと、宮城県の気仙沼を通りすぎることになるので、岩手→宮城→岩手と走ることになります。実際に走ったことがあるので、この記述はよく実感できました。

陸前高田の市街地から国道四五号線を真東へ、三陸鉄道と並行して行けば、しぜんに海岸に達する。そこから右へ折れるとまもなく碁石海岸だ。長く深く入り込む大船渡湾の南側の突端が碁石岬で、その辺り一帯の海岸には「自殺の名所」という、あまりありがたくない代名詞がついている。
(第5章 二つの峠路より)
浅見光彦は実際に、この海岸で犯人と対峙していますが、詳しい情景は原作を読んでいただくとして、やはり、自殺の名所といわれるだけに、荒々しい波の打ちつける岩肌は迫力がありました。
|
|||
|
|