しかし、その先はさらに無謀なことを続けた。ちょうど近くに多摩川サイクリングロードがあったため、「自分は どこまでいけるのか」を試すために、長距離サイクリングに挑むようになっていったのだ。そのために、タイヤを 細いものに換えたり、ペダルをクリップペダルにしたり、サドルをレーシングタイプにしたりと改造を重ねた。 だが、所詮はロードレーサー以下の自転車だ。徐々に脚力が付いてきたために、自転車の方が悲鳴を上げ始めたのだ。
大学2年生の夏、自転車に乗り始めて半年くらいの時だった。1日で走ることが出来る距離は既に100km以上に なっていた。その時は家から30kmほど離れた多摩市付近の坂道を走っていたが、左ペダルがぐらつき始めたのだ。 こぐのをやめてネジの弛みをチェックしたが大丈夫だ。再びこぎ始めると、左ペダルをこぎ下ろした瞬間、 クランクごとペダルが地面に落下した。左右のクランクをつないでいる ボトムブラケット(BB)というパーツが折れたのだった。幸い15分程歩き回ると自転車屋が見付かり、 中古のBBを取り付けてもらって帰ることができた。
ところが、それから2ヶ月も経たないときだった。サイクリング中にまたもやBBが折れたのだ。このときは お金を持ち合わせていなかったため、右足1本で約20kmの距離をこいで帰った。「多分、直してもまた すぐ壊れるだろう。今度はちゃんとした自転車を買おう。」と決心した。今度はもちろんロードレーサーだ。 レースに興味があったわけではないが、ロードレーサーならより速くより遠くまで 走れるに違いない。そこで、最初に購入したのは、Miyataのロードレーサーの中で一番安いモデルだった。
このようにして、僕の自転車遍歴が始まったのだ。
だが、無理な計画は絶対に立てない。レースじゃないんだから、無理していいことなどない。計画は、 1週間程前から綿密に立て、体調や当日の天候、風、自転車の調子などによって実現可能な範囲を決めるのだ。 「今日は220〜250km走ろう。220kmなら宿泊地はここ。250kmならあそこ。200km走った時点で目的地に着かないと 判断できたら、輪行。」というように計画を立てるので、予定が大幅に狂ったことは今までに一度もない。
数日間走るツーリングの時も、計画の中に「疲れ具合」という要素を入れる。レースをやっていると、疲労度を 体感的に把握できるようになるのだ。しっかり自己管理し、極限状態でツーリングする というのが自分のスタイルなのだ。極限状態とは言っても、決して生死にかかわるということではない。 疲労によって動けなくなることがないという限界だ。昔、江戸から大阪まで走り続けた飛脚もいたという話が あるが、私の目指す自転車の乗り方はそれに近い運動と言えるかもしれない。
|
|||
|
|