
62号を先頭にした62・67の2連。水田―西前田

高松城をバックに走る67号・高松築港―片原町


62号・この車両は大正2年製造の京浜電鉄(現・京浜急行)デ36型37号がルーツである。
昭和23年、戦時中に関東私鉄が東急に統合されていたため、東急から琴電に譲渡された。東急での車番はデハ5105だった。
昭和28年には車体更新が行われたため、車齢の割りに古さは感じさせない。ちなみに、面影はなくとも現役で走る鉄道線用車両としては最も古い。
車体更新時は前面2枚窓のスマートなスタイルだったが、併結運用が多くなり、貫通化された。
67号・この車両は宮城電気鉄道(現・JR東日本仙石線)のサハ302として大正15年に生まれた。運転台取り付けにより、クハ302に改番される。
昭和19年には宮城電気鉄道が国鉄の手に渡ったため、国鉄クハ302となる。昭和27年に廃車となるが琴電が引き取り制御車220号となる。
昭和40年には鋼体化・電動車が行われたが木造時代の面影を残さない62と対照的に、窓の大きさやドア位置は木造時代と同じで、木造車の雰囲気を伝えていた。この時、67号に改番された。日本に残る、貴重な「買収国電」のうちの1両だった。

小さな橋を渡る。公文明―長尾
琴電長尾線で活躍していた旧型車60形の62・67号は、同一系式ながらスタイルも経歴も全く異なる車両であった。琴電で長い間走り続けたが、冷房化率向上のため、600形増備車と置換えで平成13年末に惜しまれながら廃車された。

ラッシュ時に新車の増結に使われることも多かった。67号。片原町―高松築港

もう1両の60形、65号は今でも志度線の予備車に使われている。今橋車庫

“讃岐富士”白山をバックに。白山―井戸
|
|