
昭和25年と28・29年に東京都電6000形と共通設計で登場しました。昭和25年製の3両は当初は美濃町線用に造られましたが、後から造られた2両が働く岐阜市内線に後に移りました。後期型の2両は、側面窓が10枚から9枚になるという、都電6000形と同じ変化をたどっています。
車内は、昔ながらの白熱灯による照明が今も残っています。
現在は4両が朝ラッシュ時に岐阜駅前と忠節の間で活躍しています。
前期形572号、金宝町―新岐阜駅前
後期形574号、新岐阜駅前

白熱灯の灯る車内

昭和32年に、岐阜市内線用に造られた車両で、当初から蛍光灯や新型台車を装備するなど斬新な車両でした。
昭和35年と43〜45年に美濃町線に転属し、昭和56年からは新関―美濃間専用で走っていましたが、平成11年の同区間廃止により美濃町線の残った全線で使われるようになり、同時に冷房化、ワンマン対応などの大改造が行われました。3両が活躍しています。

改造前の593号、美濃
592号、競輪場前付近

昭和45年、美濃町線を田神線経由で鉄道線の各務ヶ原線新岐阜まで乗り入れさせるために、600Vと1500Vの二種類の架線電圧に対応できるこの車両が造られました。
非冷房ながらも車内は転換クロスシートの豪華な造りです。
美濃町線のワンマン化で606号を残して廃車となってしまいました。606号はワンマン化改造されています。

604号、白金―上芥見

複電圧、ワンマン化改造前の875・876号、徹明町
昭和40年に札幌市電A830形として登場しましたが、昭和51年には余剰となり名鉄に売却されました。二車体連接車です。
現在は冷房化、ワンマン化されています。また、平成12年には複電圧化改造が行われ新岐阜乗り入れが可能になりました。
606号、競輪場前

874・873号、競輪場前付近


大正15年に製造された古参車両です。卵のような車体と側面の丸窓がファンに大人気です。
当初は現在の名古屋本線の一部に当たる笠松線で使用され、後に美濃町線に転出しました。
そして昭和42年、岐阜市内線と揖斐線の直通運転での使用が始まりました。その時に、現在と同じ紅白塗装となりました。その後間もなく手動進段ながらも間接制御となりました。活躍を続けるにつれて、「大正時代の貴重な電車」として注目されるようになり、エバーグリーン賞を受賞しました。その時に、直通開始当時の紅白塗装がリバイバルされ、今に至ります。近年の揖斐線、谷汲線での活躍も有名です。
現在は2両が岐阜市内線・揖斐線の予備車に使われています。
引退し現在は美濃駅跡地で保存される512号、早田
514号、黒野

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