<猪木祭り>猪木軍vsK−1軍7対7前面対抗戦
2001年12月31日埼玉スーパーアリーナ観衆:35492人






 <今回は、観戦記というよりも、大阪からはるばる東京方面まで行った旅行日誌のようなものです。>

 12月29日に深夜、正確に言うと30日の早朝2時過ぎに車で大阪の関空近くの自宅を出発した。西名阪を通り、東名阪から東名に入り、横浜で下り、保土ヶ谷バイパスを通って湾岸高速を使い、ディズニー・シーに着いたのが9時過ぎであった。
 一日中、ディズニー・シーで遊んだのだが、冬休みで日曜日が重なり、人・人・人・・・、しかも初めて来たため、どこに何があるのかわからない。そして、ファスト・パスというここ独特のチケット制度をうまく使わなければいけないということがやっと理解できるのに時間がかかった。
 夜の7時過ぎまでいたが、並び疲れで家族全員最後まで残る気力なし・・・。千葉駅のすぐ近くのホテルに車で直行した。このホテルはインターネットで安く泊まれる所で検索して申し込んだのだが、新しくしかも朝食付きで、とても良かった。

 さて、31日、この日の宿泊は一人分だけで、千葉で見つけたホテルと同系列のホテルが赤羽にあるので、車で赤羽に向かう。3時にチェックインし、我が家の女3人は東京ドームのKinKi Kidsのコンサート及びJフレンズのカウントダウンコンサートへ、私は、一人で赤羽から電車でさいたまスーパーアリーナへ。
 初めて来たさいたまスーパーアリーナは駅からすぐ近くにあり、新しく近代的なイメージの建物であった。すでに、猪木祭に来た人たちをたくさん見かけた。入口前のグッズ売り場もすでに大盛況である。開場まで時間があったので、アリーナ内にあるジョン・レノン・ミュージアムに入った。入場料金は1500円。
 最初に7分間の映画を見たのだが、そこですでにしんみりとした気持ちにさせられた。館内にはジョン・レノンの生い立ちにそって年代別に展示がされているのだが、ジョン・レノンの使った楽器や書いたノート他、一つひとつがとてもていねいに紹介されていて、ビートルズを知らない若い世代にもジョン・レノンのメッセージが伝わるように工夫されていた。実際に、館内では、若い男性&女性が真剣に時間をかけてゆっくりとメッセージを受けとめている姿をよく見た。
 私は、猪木祭があるので、一通りの展示をさっと見ることしかできなかったが、もう一度ゆっくりと来る機会があれば、2時間でも3時間でも過ごせる場所である。また来たいと久々に思えた展示館であった。HPもあるので興味のある人は一度見てもらいたい。http://www.taisei.co.jp/museum

   
さいたまスーパーアリーナ 入口前の立て看板
 ジョン・レノン・ミュージアムを出ると、もう5時少しまえであった。大きく赤いパンフレットをモテいる人が目についたので、これは買わねばと外の売店を見る。猪木軍とK−1が別のテントで、猪木軍の方がお客さんが多い。K−1の店でパンフレットを2000円で買った。ナップサック風のK−1特性のビニール製の袋に入れてくれて、特をした気分になった。

 5時頃、会場内に入る。席はS席で、10000円で買ったチケットを持っていたが、席を確認すると11列目ということで、同じS席でもまずまず見やすい位置にあった。真正面にリングというのがいい。
 大みそかということもあり、500円で年越しそばも売っていた。ちょっと迷ったが、ビールとサンドイッチを買って食べた。会場内を見ていると、あちこちでビールを飲んでいる姿が・・・。大きめの紙コップで650円なのだが、やはり、プロレス観戦にビールは欠かせないのかなぁ・・・。

 6時試合開始の予定だったが、実際に始まったのは約20分遅れであった。音楽会でも研修会でも何でもそうだが、開始時間を明記しておきながら、集まりが悪いから送らせたり、準備不足で遅れるというのはとてもいやなものである。開始時間きっかりに始まる催しは気持ちがいい。

試合開始
 第一試合の高田×ベルナルドは、この試合だけが3Rということで、高田の足の状況では3Rしか持たないとの判断だとは思うが、それにしてもお互いに相手の領域に入っていけず、膠着したまま試合が終わってしまった。当然、会場はブーイングである。
 高田は、前回のミルコ戦の後だけに、もっとリスクを負ってでも飛び込んでいってほしかったし、ベルナルドもローキックを何発か出しただけで、特のパンチをガンガン打つということがなかった。<結果=ドロー>

 第二試合の佐竹×グレコでは、佐竹がタックルで飛び込むも、グレコにフロントネックロックで返されてしまうので、結局その後は、K−1の試合のようになってしまった。
 ルール上、ドローという結果に終わったが、判定では圧倒的にグレコが押していた。しかし、テレビで見るグレコのあのラッシュは見れなかった。<結果=ドロー>

 第四試合グッドリッジ×ブラガは、お互いに馬乗り状態になったまま膠着状態になりラウンド終了ゴングを待つという展開で消化不良のまま終わってしまった。ブラガのタックルのうまさが光った。

 第五試合の石澤×子安は、石澤が何度もタックルで倒してはパンチを打ち込むという展開の中で、あの石澤に寝技で決めさせなかったのだから、子安の寝技での健闘が光った。石澤であれば、相手の腕や足を関節技で決めようと思えば決めることができたと思うのだが実際のところはどうなんだろう?
 子安もよくがんばっていて、石澤の太股が赤く腫れ上がっているところがスクリーンに映し出された時は、会場が沸いた。

 ・・・・・と、ここまでで9時少し前ある。ひっぱる・・・ひっぱる。しかも4試合ともドローということで、会場内は欲求不満が充満していた。異種格闘技戦の場合、お互いに踏み込めないというこういう展開になるのもわかるのだが、お金を出して試合を見に来た以上、ガンガン打ち合ってどちらが勝ってもエキサイティングなゲームを期待してしまう・・・。

 休憩後、まずは猪木の登場である。ホームレスのかっこうで、出てきて、お決まりの「元気ですかぁー」から「1・2・3・ダァー」まで、猪木ワールドを展開したが、なぜが猪木のそばに付いていたのは「サスケ」であった。

 第五試合のフライ×アビティは、フライが登場から星条旗を掲げて、トランクスの模様も星条旗で、気合いがビンビン伝わってきた。対するアビティも負けん気の強さを表に出していたが、やはり、フライの方がこういう試合での場数をたくさんふんでいて、得意のパターンに持ち込んでの固め技での勝利であった。
勝った瞬間、それまでの欲求不満を吹き飛ばすすごい歓声が響いた。私も思わず立ち上がってフライに拍手を送った。

 第六試合の永田×ミルコは、プロレスファンとして永田に勝ってもらいたかったが、あっという間のハイキック一発で決まってしまった。永田はレフェリーストップが腑に落ちないという表情をしていたが、あれだけきれいに蹴りをきめられたら仕方がないと思う。プロレスでは、あの場面から立て直して反撃をしていくのだが、ここはミルコの一撃必殺の蹴りをほめたい。
 それにしても、ミルコは、藤田・永田と蹴り一発で倒してきたが、今や一撃必殺という言葉は、フィリオからミルコにこそピッタリあてはまるようになった。
 永田には、この影響が1/4ドームの秋山戦に響かないように、むしろ、この敗戦をエネルギーにして、ぜひ秋山に勝ってもらいたい。
 一方、ミルコの価値が最高の所まで上がったので、次に誰と対戦をするのか楽しみでもある。

 第七試合の安田×バンナは、試合前のスクリーンで、借金や離婚や娘などの話題を振っていたが、後で聞くと、テレビの方でもしつこいぐらいこの話題をふくらませていたらしい。安田が勝ったからいいようなものの、かなり?????である。
 試合前は、正直に言って相手があの強いバンナだけに安田が負けるのでないかと、とても心配であった。
 1Rでは、バンナにヘッドロックを決められてしまい、ゴングが鳴るのを待つという展開になり、組技でも倒せないのかとさらにその心配が大きくなった。
 しかし、それでも安田はガンガン前に出て、相手に密着して倒し、固めに行くという、とても泥臭く安田らしい展開で見事にギブアップを奪ったのである。
 その瞬間、涙が出た。さらに、娘を肩車してコーナーに上がって喜びを表現する姿に、また涙が出た。安田のおかげで、来て良かったと思うことができた。安田選手おめでとう!

 ここで、10時5分。「只今から35分の休憩・・・」というアナウンスが・・・。恒例108つビンタ及び、まだまだ催しがあるというのである。
 ここで帰るべきか、残るべきか、随分迷った。もちろん、残って最後までいたいのだが、次の日、早朝に東京を出発して車を運転することを考えて、出ることにした。
 赤羽に着き、コンビニでそばとビールを買ってホテルに戻った。テレビを付けると、ちょうど安田×バンナをもう一度写していた。ところが、アナウンスが耳について仕方がない・・・さきほど、生で感動してきた後だけに、アナウンスはいただけないと思いテレビを切った。

 1月1日、早朝に、携帯にメールが入った。6時過ぎにはそちらに行くというのである。あわてて支度をして無料で食べれるはずの朝食も食べずに駐車場に行き、家族と会う。
 赤羽から東名に乗るまで、東京中心部を車で走ったが、スイスイと走れてとても気持ちが良かった。神田明神・東京駅・国会議事堂・豊川稲荷など、偶然に見えてくる名所を楽しみながら、高速に乗った。
 大阪の自宅に着いたのは、3時過ぎであった。






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