第1話 「 出会うということ 〜シノの章〜

僕とシノは、大学時代からの付き合いだ。シノは僕の一つ上の先輩で、学部が同じだったので

入学しはじめの頃はいろいろと世話になった。科目の取り方や、面白いサークルはどこかとか、

学食でうまくて安いものとか、本当に様々な事を僕に教えてくれた。おかげで僕は比較的楽に

大学生活に馴染む事ができた。一年目は、ほとんどシノと一緒にいた。そのせいで周囲の友人達

から僕らはホモなんじゃないかと冗談半分にからかわれたこともあった。

もちろん僕とシノはそんな関係ではなかったし、シノには当時ちゃんと付き合っていた彼女が

いた。それがナオコだ。どういう経緯があったのかは知らないけれど、今は二人は別れてしまい、

顔を合わせても用件以外はほとんど何も話をしないような関係になってしまった。けれども大学の

当時は二人は本当に仲がよかった。愛しあっていたと僕は本当に思う。そんな二人を見ているのが

好きで、僕はいつも二人と一緒にいた。カラオケやボーリングや、時には三人で車を借りて

どこまでもはてしなくドライブした事もあった。

「このまま永遠にどこかへいっちゃおうか?」

そういいながら屈託なく笑ったヨウコの笑顔は、今でもはっきりと覚えている。

大学の二年目に、僕とシノはあるクラブを作った。クラブといっても結成当時は僕とシノの二人、

それに付き合いと興味本位で参加したナオコの三人だけだったのだが、そのクラブは後々になって

物凄い組織力を形成していく事になった。シノには生来的に人を惹きつける能力というか、資質の

ようなものがあった。二、三人で作ったクラブであるにも関わらず、僕らには最初からサークルの

部室が与えられていて、一つのサークルとして初めから認められていた。それはひとえにシノの

魅力であり、能力であり、ある意味では才能のおかげといえた。僕はシノのその才能に素直に

惹かれ、同時に彼自身に対して深い尊敬の気持ちを込めて、シノと接していた。

シノとクラブを結成した同じ頃、僕はある女性と知り合い、付き合う事になった。それがヨウコだ。

ヨウコも同じ大学で、僕と同じ学年だった。彼女についてはまた語る事になるだろうーというより、

これは僕とヨウコの物語でもあるのだからーが、ここでは僕とシノが作ったクラブについて話を進めて

いくことにする。

  シノと僕が作ったクラブの名は Co & Co といった。それは、会話( conversation )と意志疎通

( communication )のスペルを2文字ずつとったものであり、ココ(にあるもの)という意味を内包した

クラブ名であった。このネーミングは、僕とシノが一晩かけて語り明かしたあとで決めた名前で、僕も

とても気に入っている。基本的な活動方針は、「とにかく語り合う事」この1点のみだった。政治に

ついて、景気について、将来について、趣味について、生き方について、あるいは好きな人について、

とにかくなんでもいいからある一つのテーマを見つけて、それについて徹底的に語りあう、そういう場を

提供する事が、シノと僕の最初の目標だった。

はじめのうちは、興味本位で参加する人達が多く、いかにもサークルらしいものであった。夏にテニス、

冬はスキー、男も女も目的は一つ、そういうありきたりで低俗なものにシノも僕もしたくはなかったので、

Co & Co ではあえてそういったイベントは企画しなかった。コンパもしなかった。 Co & Co は、あくまでも

「語り合う事」が目的で、そのために作ったスペースなのだ。

そういう訳で、興味本位でしかなかった人達は次第にクラブから遠ざかっていった。それでも Co & Co に

残った人数は20人弱という、僕とシノにはやや意外な多さの数だった。その人数ー正確にいうと17人だー

は、その後大学を卒業して学外での活動をしていくようになっても変わる事はなかった。

シノは卒業してからもしばらくの間は Co & Co をサポートしてくれていた。それはやはりなんといっても

Co & Co にとって彼が欠かせない人物であったからにほかならない。 Co & Co に集まったメンバーは、シノに

惹きつけられてきた人達なのだ。

それでも、夏の初めにはその役割のほとんどを僕が引き継ぐようになり、シノは週に1度くらいしか顔を

見せない程度になった。生きていくためには働かなければならない。シノとて例外ではなかった。いつまでも

道楽ー僕ら二人にはそういう認識は全くなかったが、そういうつもりがあるかないかは別としてーにかまけて

いられる訳はない。そういう意味では、世界というのはシビアな存在だった。けれども僕にはその当時は、

世界がシビアなのか、シビアというのがこの現実世界なのか、その区別がうまくつかなかったー更にいえば、

僕がそういう事に気付く、あるいは気付かされる事になるのはもう少し先の事だった。

シノの役割を引き継ぐ事に僕は少なからずプレッシャーを感じていた。何度もいうけれど、 Co & Co は

シノがいてこそ成り立っていたものだったのだ。それを僕にできるのかどうか、ためらいや不安がないという

事はなかった。それでもなんとかやっていけたのは、 Co & Co はシノと僕が作ったものだという事と、大学を

卒業してからもナオコが何かと僕を支えてくれた事、それと、ずっとそばにヨウコがいてくれたおかげで、

僕は何とか Co & Co を引っ張っていく事ができたのだと思っている。

卒業を間近に控えて、僕はある決断に迫られた。僕まで大学を出てしまっては、 Co & Co を学内に留めておく

意味がなくなってしまう。シノから僕へと引き継いだように、誰か後継人を見つければよかったのだが、

残念ながらそれに値する人物は見当たらなかった。それはある意味当然の事ともいえた。 Co & Co はシノと

僕のイデオロギーの結晶ともいえるものであり、それを引き継ぐには相当の覚悟と信念が必要だったのだ。

もちろんそういう人物が全くいなかった訳ではない。 Co & Co のメンバーは皆それぞれになにかしら強い信念や

信条をもった人の集まりだったから、後継人候補も何人かいた。僕はその中でも特にユウジにはある種の

期待感をもっていた。ユウジは僕の一つ下の後輩で、入学当初から参加していた。僕が4年になって卒論の

執筆や就職活動などでどうしても Co & Co に手が行き届かなくなった時、ユウジがその役割の一部を担って

くれたりした。ユウジには、彼独特の魅力があった。それはシノのそれとはまた別のものだった。一言で言えば

それは可愛らしさとでもいうべきものだった。ユウジにはアイドルなみのファンがいつもいて、ユウジの周りを

いつも囲んでいた。けれど彼は特定の女の子と付き合うということはー僕の知る限りではー全くなかった。それは

ストイックというのとは違う種類のものだったと当時の僕は記憶している。それはとても透き通った、壊れやすくて

はかなく消え失せてしまいそうな、もろく危ういものをしっかりと、かつ必死に繋ぎ止めているような、そんな

緊張した空気のようなものを、僕は彼からいつも感じていた。

そしてそのようなユウジの特異性は、時として特異な神経症として、表面に突出する事があった。感情の激流を

自身で制御できなくなる事が、たまにあるのだ。それは情緒不安定というようなレベルのものとは比較にならない程

おそろしく感情をかきむしるような、激しい衝動だった。その衝動は、誰にも抑える事ができなかった。誰かが

抑えようとすればする程、彼の衝動は激しく昂った。時には物を激しく破壊し、時には人を完膚なきまでに精神的に

貶めた。

しかし通常のユウジは、優しい人間であり、全ての人に対して公平な人間だった。もしかするとそう努めていたの

かもしれないが、ユウジにはひたむきな真剣さというものを生き方の中に常に求めているようなせつなさを僕は

感じていた。

少なくとも僕はユウジに対して好意を持っていた。おそらくユウジもそれは感じていたと思うし、不思議な事に

ユウジの感情の昂りを、僕だけは自然に抑える事ができた。

それはとても不思議な情景だった。

感情の昂りが治まった後の彼は、とても穏やかな表情をしていた。赤ん坊が激しく泣き喚いた後で母親の胸の中で

健やかな寝顔を浮かべている、そんな顔をしていた。

ユウジは、そんな人間だった。

結局のところ、 Co & Co は僕が卒業すると同時に、一時的に休止するということに決まった。それは、僕とシノ、それと

ナオコとヨウコの4人で真剣に議論した結果のものであった。休止という形をとったのは、いつか再開をしようという期待で

あり、僕とシノの強い意志の結果であった。前にも言ったが、 Co & Co は僕とシノのイデオロギーの結晶にまでなっていて、

それを終わらせるということはもはやできないものにまでなっていたのだ。

実際、 Co & Co は1年のインターバルの後再開する事になった。

そのメンバーは、 Co & Co が休止した時と全く同じ、17名だった。

(第1話  end )

( Continued to -”第2話”→)

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