光と闇の物語 〜 The Insided story 〜

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何もない日々。退屈な日常の連続。けれど、そういう状況に押しやっているのは自分自身なのだ

ということもとっくに気付いていて、更に苛つく。睡眠、食事、風呂、買い物etc… そんな

日常に、果たして意味などあるのだろうか。

「そんなの詭弁じゃない。あなた自身が、そういう自堕落さを望んでいるのよ」

否定はしない。というよりも、否定すべきものが何一つないのだ。

「おまえはよくやってるよ。今の状況を維持していけてるのは、すごいと思うぜ」

本当にそうなのだろうか。僕は頑張っているのだろうか。

そもそも、僕はこの現実世界をちゃんと生きているのだろうか。

僕って、いったいなんなのだろうか。

僕って、いったいなんなのだろうか。

「楽しい事、嬉しい事、悲しい事、つらい事、たくさん、たくさん、感じていくことが

生きていくということではなくて……?」

煙草に火をつけて、煙を肺いっぱいに吸い込み、そして吐き出す。

何かを暗示するように、煙が不可思議な形をして、宙にぼんやりと漂っていた。

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プロローグ 〜あるいはなにかのはじまり〜

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「遅いですよ。まったくいつも…」

ケンジは、あきらかに焦った顔で僕を睨んだ。それはそうだ。待ち合わせの時間は

とっくに過ぎている。

「ヨウコさんに怒られるの、いつも僕なんだから…」

僕の歩く速さを促しながら、ケンジはさらに歩幅を大きくとって歩く。

「なんでだろう?」

「……何がです?」

ちょっとしてから、ケンジが聞き返す。

「いや、だってさ、怒るなり、文句言うなり、ちゃんと俺に言えばいいじゃないか。

なのにあいつが言うのはいつもケンジにだ」

路地を何度も曲がり、人とすれ違う事もなくなってきた。抜け道としてはベストだが、

僕はこの道がいつも嫌いだった。何か得体の知れない迷路を、終着点が袋小路とわかって

いながら突き進んでいく、この道を通る時はいつもそんな気がしてならないのだ。

しかし好き嫌いは言ってられない。なによりも僕達は時間に遅れているのだ。

「それは二人の問題です。僕がどうこう言える事じゃない」

ケンジにしては、珍しくすっぱりと言い切った。

確かに、言われてみればその通りだった。僕とヨウコがどうにかしなくてはいけない事で

あって、ケンジが何か言うべき事ではないのだ。

そうして、ケンジとの会話は終わり、僕らは目的地に辿り着いた。

約束の時間は、1時間過ぎている。他のみんなも、とっくに集まっているはずだ。

「やれやれ……」

高く聳え立つビルの最上階のあたりをみやりながら、うんざりした顔で煙草に火をつけながら、

僕とケンジはロビーへ入っていった。

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ロビーの内装は、恐ろしく質素なつくりで、高層ビルの派手な外壁といやに対照的だった。

ここの受付は、やたら面倒で嫌だ。僕らの目的が最上階ということも重なり、更にややこしさが

重なる。

融通のあまりきかなそうな受付の女を相手に几帳面に答えているケンジの様をうつろに見ながら

やや離れたところにある豪華なソファに軽く腰を降ろす。

僕はどうしてこんなところにいるのだろう、と考える。少なくとも今の状況は、僕が望んで

選んだ道や可能性では決してない。時の流れや、誰かの意図や作意によってここにいるに過ぎない。

けれど、ここにいるのは僕自身であって、意図や作為がここにいる訳ではない。だとすると、

僕の何らかの意志が、僕をここにいさせているということになる。それは本当に僕の意志なのだろうか。

僕の存在は、はたして本当に存在しているのだろうか。

「何たそがれてるのよ?」

背後から僕の頭を軽くたたきながら、呆れた声でそう言ったのは、ナオコだった。

「みんなもうとっくに集まってるのよ。こんなところで、あなたは何をしているの?」

ナオコの声には明らかに怒りが感じられた。その声が僕を現実へと引き戻す。

「ケンジが、受付ともめてるみたいなんだ……」

「ケンジ……?」

ナオコは受付のほうを見て、ケンジを確認すると、更に呆れて僕に言った。

「ここのシステムはわかっているでしょ? あの子にあんな事やらせなくても、あなたの一言で

簡単に通れるってこと?」

そう言い放ち、受付のほうへ行き、ケンジを連れ帰ってくる。

「78階へ行きたいって何度言っても、ここは77階建てですって聞いてくれないんですよ」

焦燥感や混乱で軽いパニックになっているケンジを見て、「ほら見なさい」という顔で、

ナオコが僕を促した。

「……そうか、じゃ、行くか……」

ケンジを連れて受付に向かい、何も言わずに受付の女にIDカードをさっと見せて通り過ぎ、

一般の人が使用するエレベーターの更に奥にあるエレベーターへと向かった。

呆気にとられているいるケンジと、フロントの方で腕を組んで僕の方を睨んでいるナオコの顔を

順に見ながら、僕はまたうんざりした気分になっていた。

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エレベーターは、とても静かに上がっていた。それは静寂そのものだった。意識をしっかりと

保っていなければ、それが上昇しているのか下降しているのか区別できないほどだ。けれど、

物事や事態の様相というものはたいていにおいてそうなのかもしれない。善悪、正しい事と

間違った事の区別というのは、その時々や主観などによって、全く異なる見解となるという

事は、そんなに珍しい事ではないのかもしれない。

だいたい、主観とはいったい何なのだろうか。

例えば、横断歩道の前に立っているとする。僕は信号が赤なので、青に変わるまで待っている。

けれど、ある人は「車が来ていないから」といって赤信号を渡る。僕は僕の主観ーあるいは信条と

いうものかーに則って信号を渡らないし、彼(あるいは彼女)は彼の主観に則って信号を渡る。

常識という点からみれば、どちらかが正しくてどちらかが間違っているといえる。けれど、主観と

いう観点から見た時には、どちらの考え方も正しいということができるかもしれない。ここで一番の

問題は、「正しいとは、何を基準にしてみればよいのか」ということになる。けれどそれだって

「基準とはなにか」という新たな命題を生み出すことにしかならない。

結局のところ、どこかの袋小路へと永遠に突き進んでいるだけなのだ。

あるいは、僕がまだある種の答えに辿り着いていないだけなのかもしれない。

答え? 答えってなんだ?

「やれやれ……」

そんな禅問答のような事を考えながら、僕はケンジがさんざんに叫ぶ文句の数々をやりすごしていた。

エレベーターはようやく78階に辿り着いた。

それは、僕の禅問答を嘲笑うかのような唐突な着き方だった。

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最上階の78階は、一つの大きなフロアになっている。外壁は全て窓ばりになっていて、周辺の景色が

ぐるっと一望できる。西には新宿副都心が、南にはかなり間近に東京タワー、東の方にはレインボーブリッジや

東京湾が見える。見栄えとしてはそれほど悪くないロケーションだ。空気のきれいな朝には富士山さえ見える。

イタリア調のソファーがフロアの中央にある重質感のあるテーブルを囲むように4セット配置されている。

絨毯のペルシャ柄とそのソファーはまるでアンバランスだった。それにテーブルの重々しさは、僕を妙に

ざわつかせた。

全ての家具が、異様に大きいのだ。

このフロアーというかこのビルーは、それほど狭いわけではない。むしろ広い方だ。オフィスの一つくらい、

すっぽりとはいるくらいの余裕はある。それだけのスペースがあるにもかかわらず、このテーブルとソファーと

絨毯は奇妙な圧迫感があった。

一つのソファーには6人座ってもゆっくりくつろげるくらいの長さがあって、それぞれのソファーに3、4人

くらいずつ人が腰掛けていた。僕は2人しか座っていないソファーを見つけ、ケンジを連れてそこへ腰を降ろした。

ユウジには咎めの言葉の一つも受けるだろうと覚悟していたのだが、彼はじっと眼を閉じて腕を組み、深刻な顔つきで

ややうなだれ気味に頭を下げていた。まるで僕が入ってきた事に気付いていないみたいだ。細く繊細な彼の指が、

両腕をきつくしっかりと掴んでいる。

「遅かったな。何かあったのか?」

最初に声をかけたのは、意外にもシノだった。僕が座った位置のちょうど正面に彼は座っていた。長い髪を後ろで

ひとつにまとめ、いつものきちんとした眼鏡の奥から激しく輝く情熱の塊のような瞳をややひかえめにして僕を

まっすぐに見ていた。

「外せない別件が急に入った。すまない」

僕はそういいながら、ざっと全員の顔を見回した。この集まりはここ2年間、定期的に行われているもので、

全員の名前を僕は承知しているはずだった。

「ナオコとはロビーで会ったが、ヨウコの姿が見当たらないな……? 確か今日はフルメンバー出席と

聞いていたが?」

「今日の議題は、まさにそこにある」

B・J の冷たく透き通る鋭角的な声が、フロアに不思議な響きを与えた。

僕はとっさに答えを求めようと口を開きかけたが、B・J の威圧感に気押された感じがして言葉を失った。

何でB・J がここにいるんだ?

それが、このフロアの奇妙な圧迫感と符合している事に、その時初めて気付いた。

B・J がこの集まりを重苦しいものにしてしまったのは明らかな事実であって、それはここにいるメンバーの

誰もが感じている事実でもあるのだ。

僕は彼の事が心底嫌になって、この集まりを抜け出したいと真剣に考えた事がある程だった。

けれど彼は実質上この集まりを経営的に支えるスポンサーであり、

またある意味ではパトロンでさえある人物なのだ。彼については後々また語る事になるだろうが、僕にとって

B・J という存在は生理的不快感を催す存在以外の何ものでもなかった。

「どういう事だ? シノ……」

それで、僕はとりあえずシノに答えを求めてみる事にした。

シノは、やや間を開けて、言葉を一つ一つ慎重に選ぶようにしながら話を始めた。

それが、僕を深い闇へと巻き込む事になる恐ろしく厄介で深刻で、更に悲劇的な物語の始まりでもあった。

(プロローグ end )

( Continued to - ”第1話”→)

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