031:黒い肌



夜が更け、空は闇に包まれているからこそ、なお煌びやかに輝くメルビル。
これは宿の一室の、ほんの一幕。


人気の無いロビーから威勢のいい声が聞こえる。

「ほらっ!いいからそこに座りな!」

シフがテーブルから椅子を引き、そこへホークの体を押し付ける。

「・・・だから、俺は何ともねぇって言ってんだろ」

それに対し、ホークは頑としてそれを拒絶する。

「ほーう、そうかいそうかい。そりゃ良かった!」

と、笑いながらわざとらしく言うが早いか、シフは思いきりホークの背をドンと平手打ちを喰らわせた。

「ぐっ!?」

ホークの背中に鈍い激痛が走り、たまらず低い呻き声を出す。

「ったく、どこが何ともないんだい。まだ傷が癒えてないじゃないか」

シフが呆れた様に言い、もう一度ホークの体を椅子へと押し付けた。流石に同じものを二度喰らう気にはなれないホークは、しぶしぶながらも椅子に座り、背中に大きな裂け目が作られた上着を脱いだ。上着と同じ型の傷が、彼の背にもざっくりと刻まれている。

それは昼頃、メルビルに向かう途中に出会ったゴブリンナイトの集団によるソード攻撃を受けた時の傷だった。それらに不意打ちを喰らい、敵のソードがが仲間のバーバラに向けられ、それをホークが庇おうするも、いかんせんとっさの事で自分の身まで守るに至れず、バーバラに覆いかぶさる形になった為にソードが彼の背をえぐる様に大きく裂いたのである。獣を倒し、いざ先へ進もうとすれば血糊がべっとりとついた背に激痛が走る。仲間達は休もう、傷薬で手当てしようと気を使っていたのだが、ホークはそれを拒み、そのまま思い体を引きずってメルビルの宿に着き・・・今に至る。

「こりゃあ、結構深い傷だねぇ。ほっといたら化膿するよ」

と、言うなりシフはテーブルに置いてあった紙袋に手を伸ばし、それの中からジェル状の液体が入った彼女の手の平程のビンを取り出した。

「この傷薬、結構高かったんだからね。皆で金出しあって買ったんだから」

ビンに括り付けられた紐とコルク栓を抜くと、様々な薬草が混ざった独特な臭いがつんと鼻につく。彼女はその臭いに顔をしかめつつ、ビンの底まで指を入れてジェルをかき出し、それをホークの背中にべっとりと塗りたくる。
その薬の感触の悪さと、ひりひりとしたいやらしい痛みが彼の背中を刺激する。加えて彼女の手荒な手つきに思わず顔を歪め、声にならない声が漏れる。

「・・・もう少し・・・普通に塗れねぇのか・・・」
「なんだい、大の男がこれぐらいで弱音吐いてんじゃないよ」

淡々と薬を塗る彼女の手により、大きく裂かれた傷を中心に塗りたくられていく。


ふと、彼女の視線はホークの背中に止まる。海賊として生業を果たしていた時代の名残であろう、黒く焼かれてボロボロの肌には、先程つけられた傷以外にも数多の傷跡がつけられていた。

「おい、手が止まってるぞ」
「ん、悪いね」

シフは一つ返事をすると薬を背中に満遍なく行き届く様にのばし始めた。
それから、しばらく無言が続いた後。

「あんたの肌、真っ黒だね」
「あ?」

突拍子も無いシフの一言に、ホークはやや間の抜けた返事を返す。

「いや、バルハランドではそんな人見かけなかったからさ。やっぱり海賊やって長かったのかい?」
「長いなんてもんじゃねぇな。物心付いた頃にゃ既に船の上だ。そこから水夫として働いて・・・気づいた時にゃ、俺がキャプテンとして仲間を束ねてたな。とにかく、俺は陸よりも船の上での生活の方が性に合ってた。ガキの頃なんか、船から上がった途端に陸酔いに襲われてな。参ったな、ありゃ」

そう笑いながら語るホークの表情は、いささか苦々しいものを感じる。彼のこれまでの経由を思えば、それは当然の事ではあるが。

「・・・ま、陸に上がったカッパになっても、あんたは自分を失わずにやっていけてるじゃないか。陸のカッパにも意地がある事、海のカッパにも知らしめてやんな」
「カッパカッパ言うなよ」

ホークが苦笑しながらシフの方へと振り向く。兜を外し、肩を越える程の長い金髪の女の顔が目に飛び込む。
普段は男にも劣らぬ気迫を持つ彼女だが、こうして改めて見ると整った顔立ちが美しい。その白い肌が、一層美しさを際立たせていた。

「なんだい、あたしの顔がどうかしたのかい?」
「ん?いや・・・」

「白い肌をしているな」と言いかけたところをぐっと飲み込む。ここでその様な事を言えば、妙な意味で取られるに決まっている。もっとも、その言葉自体妙なものではあるが、と心の中で自分をあざけ笑う。

「おまえはバルハランドから一歩も出た事が無かったと言っていたな。外の世界はどうだ?」
「どうって・・・まあ、遭難した坊やの付き添いで村を出たけど、あたしの全く知らないものが見れたし、良かったと思ってるよ。見たことの無い建物やモンスター・・・そうそう、陸に上がったカッパもね」
「言いやがるな、お前」

ホークが苦笑する。

「・・・俺は、バルハランド行くまで雪という物を見たことが無かった。海賊だった俺が言うもんじゃないが・・・あれを見た時、まだまだ世界にゃ面白いモンが沢山あると思ったな」

シフがそうだね、と相槌を打つ。
知らず知らずのうちに運命に弄ばれ、決して楽ではない旅へと誘われた彼等。しかし、それさえも楽しむ余裕も彼等にはあった。森へ迷い込めば夜霧に纏われた幻想的な森に感動し、雪原で足止めを喰らえば七色に光るスターダストに目を奪われ、客船が嵐に飲まれ沈没しかけた時でさえ、翌日の雲一つ無い快晴と宝石を散りばめた様にちらちらと光る穏やかな海に前日の悪夢さえ忘れそうになる程だった。

「ま、運命だか何だか良く分からないけど、そんなもんに流されてちゃ生きる意味がなくなっちまうよ。ハイ、終わり!」

薬を塗り終えたシフがその合図とばかりに思いきりホークの背中を平手打ちする。

「ぐっ!て、てめぇ、わざとだろ・・・」


「おや、お邪魔でしたか?」

二人が振り向くと、いつの間にか吟遊詩人が壁に寄り添い、リュートを構えていた。歴戦の戦士が気づかない程に気配を押し殺して。

「お前、いつから居たんだ」

ホークがぶっきらぼうに言う。内心、穏やかではない。

「いえいえ、お気になさらずに」

詩人はくすりと笑いながら答える。その態度からして、事の大半は見ていたと想像がつく。
それを察したホークは「この野郎」と拳をテーブルに叩きつけ、呟きつつうな垂れた。

「それじゃ、もう夜も遅いからね、あたしはもう寝るよ。明日は一筋縄じゃいかなさそうだからね」

ホークの体に傷口を覆う為、これでもかと言わんばかりにきつく包帯を巻きつけたシフは、足早にリビングを去っていく。傷口が薬で染みるのと、きつく巻きつけられた包帯と、シフの平手打ちで傷口が傷むのと、第三者に見られていたという気恥ずかしさからホークはしばらくその場で蹲っていたが、重い腰を上げ、リビングを後にした。

「運命に流されていたら、生きる意味が無くなる、か・・・」

ホークが部屋を出る際、詩人はこう呟き、リュートの弦を何本か弾いたが、彼の耳にそれは届かなかった。


「おはようございます、キャプテン」

ホークが食堂に向かうと、すでにゲラ=ハが旅支度を整えているところだった。

「おう、ゲラ=ハ。お前は相変わらず朝が早いな」
「ええ。それよりもキャプテン・・・」
ゲラ=ハが椅子の上にたたまれて置かれていた深緑のコートをホークに渡す。

「裂けていた部分を繕っておきました」
「おう、サンキュ」

コートを受け取り、それを広げて背の縫い後をしげしげと見つめる。

「・・・縫い物をやってくれるのはありがたいけどよ。ちょいと目立つな、こりゃ」

背中の縫い後はちぐはぐで大雑把、所々ほつれかけて穴が開いている。

旅先での家事、炊事は専らゲラ=ハが進んで行ってくれる。彼曰く、人間の習慣を身につける為だそうだが、実際はさほど器用では無い為、この様な結果に終わることも珍しくは無い。もっとも、だからと言って彼を責めるものは誰もいないが。

「縫い物とは難しいものですね、キャプテン・・・」

低い声で唸る様に言いながら、ゲラ=ハは荷袋を丁寧に並べる。
ホークは受け取ったコートを腕を通した。縫い口は目立つであろうが、元々ボロのコートなのでさほど人目を気にする事はない。テーブルを見ると、吟遊詩人とバーバラが朝食を取りながら何か話し込んでいた。

二人に適当に挨拶を交わし、バーバラの隣の席に着く。テーブル中央に置かれたポットから水を注ぎ、目の前にあるバスケットに積まれたクロワッサンを掴んでそれを食いちぎる。
二人は何やら談笑している。声のトーンを落として、まるで二人以外の誰にも聞かれまいとしている様にも見える。
ホークが吟遊詩人とバーバラをチラリと見ると、二人は突然ぴたりと話を止め、バーバラはスクランブルエッグを、吟遊詩人はコーヒーを口に運び始めた。

「何だ、俺に聞かれちゃまずい話か?」
「いえ、昨夜のお二人の秘め事について少々・・・」

詩人のそれを聞いた途端、水を口いっぱいに含んでいたホークはそれを思いきり噴出し、息をつく暇も無いほど激しく咳き込んだ。荷袋の口を縛っていたゲラ=ハが駆け寄り背中をさする。

「大丈夫ですか、キャプテン」
「あーあ、テーブル汚れちゃったじゃない。朝食に掛からなくて良かった」
「ははは、ちょっとからかったつもりだったんですがね」

隣の席のバーバラが端に置かれた布巾を取ってテーブルを拭き始める。一方の詩人は、平然とした顔でコーヒーの香りを楽しんでいた。


「なんだい、朝っぱらから騒がしいね」

シフが重い瞼を擦りながらふらふらと食堂に姿を現した。まだ日は顔を出し始めたばかりだが、日が昇りきる前に出発すると話が決まっていたのでやや遅めの起床である。
バーバラにお早うと挨拶を交わし、取り込み中の二人をちらりと見つつ吟遊詩人の隣の席に着く。

「昨日は良く眠れたかしら?夜更かしすると朝が辛いわよ」

収まりかけていたホークの咳込みがぶり返し、再び激しくなる。シフが「は?」と首を傾げ、不思議そうな顔をしてバーバラを見つめる。それに対し彼女は「何でもない」と笑顔で答え、ミルクの入ったポットに手を伸ばしてコップに注ぐ。詩人はくすりと笑いつつ、ガラスの器に盛り付けられたサラダのトマトをつつく。

「ぜぇ、ぜぇ・・・ったく。今日はどういう日か分かってんだろうな!本腰入れていくぞ!」

ようやく苦しみから解放されたホークが拳を握り締めつつ、ここぞとばかりに力説する。

「やれやれ。朝っぱらからすっかりやる気ね」
呆れた様な、それでもわくわくする感情を抑えきれない表情のバーバラ、

「全く、遠足に行く前の子どもじゃあるまいし」
まだ頭がぼんやりとした状態のシフ、

「そりゃあ、彼の長年の夢が手に届く場所まで来ているのですから、仕方ないんじゃないですか?」
詩人はリュートをかき鳴らし、

「キャプテン、一日一杯はミルクを飲んでください」
いつの間にかゲラ=ハがコップにミルクを注ぎ、それをホークに勧める。

「あ?ミルク?んな乳臭いもん飲めるか!」
「当たり前だろ、ミルクなんだからさ」


彼らの向かう所、ワロン島のジャングル奥地。狙うは海賊達の大先輩にあたるキャプテンシルバーが遺した財宝。幾人もの海賊がそれに憧れ、ジャングルに踏み入ったが誰一人見つける事無く、そのまま消息を絶つ者も少なくは無い。
彼とて、それを狙わない訳は無い。根っからの海賊である彼にとって、それは何よりも慣れ親しんだ逸話であり、長年追い続けてきた夢でもあった。船を無くし、陸に追われても、キャプテンホークであり続けてきた彼の手の届く所に、確実にそれは迫っているのだ。その様な状況の中、少年の様に瞳を輝かせる彼を誰が止める事が出来ようか。

必要な武具、地図、スキルを揃え、彼等はいざ旅立つ。

果たして、今度はどの様な物語に出会うのだろうか。




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お題は黒い肌なんですが・・・あまりお題にそってないですね。
ごちゃごちゃ書きすぎて肝心の黒い肌の話が薄っぺらくなっちゃいました。要するに『未知なるもの(土地)に惹かれる』という事が書きたかったのです。
ゲラ=ハを不器用キャラにしちゃいました。実際不器用だし(おい)。シフの髪の長さも推測です。詩人さんが変人でごめんなさい。(笑)
他に書くことがないので、それでは!(逃)
2005/07/29 礎 聖次


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