035:復讐



「ねえシフ、これなんかどうかな?」
「うーん、これはキレがイマイチそうだね。こっちは・・・だめだ、刃こぼれしている」
「んなもんどーでもいいじゃねえか。どれもそう変わんねぇだろ?」

ローバーンの青竜堂チェーン店にて。
店に立て掛けてあったいくつかの片手斧をアイシャが選び、シフがそれを手に取り、あれやこれやと熱心に吟味している。その様子を、ジャミルが退屈そうに欠伸をしながら壁にもたれかけてぼうっと眺めていた。

元々はボロになり使い勝手も悪くなったアイシャの手斧を、ちゃんとした武器を買い換えようという話になり、宿に泊まるついでにこの店に立ち寄ったのだが、武器の事は分からないので皆にも手伝って欲しいとアイシャが言うと、シフがまかせろと分厚い胸板をドンと叩き、武器をあれこれ見始めたはいいものの・・・刃の輝きや刃こぼれ、微妙な重さなど、当人以上に熱心になり、かれこれ2時間近くこの店に往生していた。
その瞳は美しい宝石を見る女と同じものであるが、今それを微笑ましく思う者は誰一人居ない。

「あーあ、どうせならあの吟遊詩人と一緒に宿取っておけばよかったぜ」
「何をブツブツ言ってんだい?お、これなんかよさそうだね」

ようやく納得のいく斧が見つかったらしく、それをアイシャに渡す。

「ちょっと値が張るけど、威力もありそうだし、長く使えると思うよ」

アイシャはその斧をまじまじと見つめる。実際は武器に関して知識が無いので特に理由など無いが。

「うん、ありがとうシフ。あ、キャプテン、この斧でいいよね?」

ジャミルと同じく暇を持て余し、そこら辺の小型剣を適当に取っていたホークがアイシャの斧を面倒くさそうにチラリと見る。

アイシャも、シフも、眠気に襲われうつらうつらとしていたジャミルでさえ、ホークの表情が一変していくのが分かった。
ホークはみるみる顔を強張らせ、ぶつぶつと何かを言い、そのまましばらく固まっていた。そして、一言。

「フランシスカ・・・」
「そう。中々いいと思うんだけど・・・どうかしたのかい?」

シフが口を挟む。ホークははっと気づき何でもないと言い張るが、今更その返事で納得がいく訳が無い。

「ま、買うもん決まったんなら俺がここにいる必要なねぇな。先に宿へ行ってるぜ」

それだけ言うと、ホークは乱暴にドアを開け、ガラガラとドアのベルを鳴らしながら店を出て行った。その後姿は、何かを悟られまいとしているのが目に見えている。
シフは彼を追いかけようと一二歩踏み出したまま立ち尽くし、アイシャとジャミルは不思議そうな顔でお互いを見合わせていた。



その夜、ホークは一人部屋にて一人テーブルに座り、酒を浴びる様に飲んでいた。注いでは呷り、注いでは呷り、いわゆる『ヤケ酒』である。

―――あいつがどうなったって、俺にはもう関係ない。

「おいおい、そんなペースで飲んでたら金と体が悲鳴を上げるぜ?」
背後の声に気づき、ホークが振り向くと、ジャミルとアイシャがすぐそばに立っていた。アイシャはもじもじと気まずそうにしているが、ジャミルはお構い無しといった感じだ。

「人の部屋に勝手に入るとはいい度胸じゃねえか。・・・昼間の事ならとっとと忘れろ」
「察しがいいねぇ。でもあれからずっとこんな調子だし、忘れろと言われて忘れられる程俺はいい性格してないんでね。ま、一人で飲んでてもつまんないだろ。付き合ってやるよ」

ジャミルはホークの向かいの席に座り、アイシャはベッドに座り込む。ビンに入った酒をグラスに注ぎ、それを口に含んだ途端、それがジャミルの口と喉の感覚を奪い、全身を熱が駆け巡り、意識が飛びかけてテーブルに突っ伏しそうになった。

「うへっ、何だよこれ!アルコールきつすぎて味なんてわかんねぇよ!」
「酔えるだけが取り得の安酒だ。無理して飲むだけ体に毒だぞ」

ホークは更にグラスに注いでそれを流し込む。周りには一升程のビンが数本転がっており、手に持ったビンの中身もごく僅かなところを見ると、相当な量を飲んでいたに違いない。しばらくは同じペースで煽っていたホークも、やがて手が止まり、頬が紅潮し、目が虚ろになっていた。

「おいおい、酒が回ってきたんじゃないろか?その辺にしとけろ・・・」
「けっ!そっくりそのままセリフは返すぜ!とにかく、用が無いんならとっとと出ていきな!」
「ねえ、キャプテン・・・」

それまで黙っていたアイシャが口を開いた。

「いつもはちゃんと量を決めて飲んでいるのに、今日はどうしちゃったの?昼間からずっと飲んでるじゃない。あんまり触れちゃいけない事だって分かってるけど、やっぱり心配だよ・・・。あたし達がどうにか出来る事じゃないって思うけど・・・」

バンッ!と乱暴にグラスを置くホーク。アイシャはそれにビクリと体を振るわせる。

「・・・お嬢さんに心配されちゃ、俺もまだまだだな。ちょいと過剰反応し過ぎたっつーか・・・昔の事を、な」
「夜は長いんだぜ、おっさん?」

ジャミルが妖しく笑い、ホークに寄り、話してみろと視線で促す。

「ったく、物好きな連中だぜ」

ホークがやれやれといった風に笑い、酒臭いため息を一つついた後、静かに語り始めた。





あれは、3,4年前。いや、5、6年は前だったかもしれない。
ホークがまだ子分達やレイディラックと共に海賊として生業していた頃の話。


パイレーツコーストの夜は、穏やかだった。
海は闇の中で静かに引いては返し、引いては返しを繰り返す。
夜空を見上げると、月は雲に覆われ輪郭のみを鈍く光らせ、一面は濁った黒で染まっていた。

「・・・二日、ってところだな」

キャプテンホークが呟く。

「ええ」

ゲラ=ハがそれに答える。

「散った奴らを呼んできてくれ」
「はい、キャプテン」

ゲラ=ハは武具店、パブ、集会場等を廻り、思い思いに時を過ごしている仲間達をかき集めた。
武具を興味深げに見ていたり、情報を集めていたり、パブで酒盛りをし酔いつぶれていたり、中にはこっそり集会場で女海賊をたらしこむ者もいた。
ゲラ=ハはそれらをいちいち見るたびにため息をつく。一方の海賊達も、キャプテンの命令とは言え、自分だけの時間をゲラ=ハに邪魔されるのは面白く無い。しかし、ただ単にキャプテンの側近という立場だけでなく、卓越したゲッコの騎士である彼に逆らえば・・・

海賊達は、しぶしぶゲラ=ハに従いキャプテンの元へ向かっていくのであった。


「おお、お前ら、これからの事なんだが・・・」

まだ未練がましくそれぞれの思いに耽る海賊達を尻目に、ホークが口を開く。

「どうやら、帝国方面は嵐で荒れているらしい。俺達はここで足止めって訳だ」
「ですが、キャプテン。相手は人間ですよ!万が一遅れて契約放棄されたら・・・」

海賊の一人がまったをかける。今回の目的に遅れは厳禁ではないかと。

今回の目的、帝国より更に東寄りに位置する小島にて、同じく海賊を生業とする男と同盟を組む事であった。
その男率いる海賊は、少人数で常に船で世界中を廻り、盗品は生活必需品や武具等と引き換え、滅多な事では陸に上がる事はなく、海賊の間では『海に翻弄される海賊』と呼ばれているのである。
彼等の強みは情報量だ。世界中の海を駆け巡る彼らの情報量は尋常ではない。海の上のみの行動にも関わらず、彼等はあちらこちらから情報を集めてくるのである。

だが、実際にその情報にありつける者は多くは無い。彼等は世界中の海を廻っており、海賊の根城であるパイレーツコーストにすら立ち寄る事は皆無に等しい。たとえ出会えたとしても、無料で情報を譲ってもらえる訳は無い。その代価は・・・食料等、生活必需品だ。
ホークは彼と同盟を結び、情報を安く手に入れる事を願っている。

そして、もう一つの目的は『ブッチャー』である。
彼はホークだけでなく、ブッチャーにも同盟を組む様迫られていた。元々彼等は殺生に興味は無く、寧ろブッチャーの卑劣なやり口に嫌気がさしていたので、最終的にはホークと組む事に決定したのである。

「ところでキャプテン、相手はどういう条件で同盟を組む気になったんです?」

海賊の一人が口を挟む。相手は仲間以外の人間とは一切手を組まないと専らの噂だ。
だが、キャプテンの返事は決まって「お前等の気にする事じゃねぇよ」である。幾度となくこの疑問をキャプテンに投げかけてきたが、一度たりとてまともな返事は返ってこなかった。

「まあ、そういう事だ。明日は買出し、甲板の掃除をしっかりやれよ。余った時間は好きにすりゃあいい・・・」

突如、数名の海賊がざわめき始めた。ゲラ=ハも目を見開く。
ホークの背後に人影が忍び寄っていたのだ。華奢で小柄な、しかしその体から滲み出る殺気は只者ではなかった。
人影はあっという間にホークの側まで寄り、片手に持った斧を振り上げ、狂った様に叫びながら彼の脳天目がけて振り下ろした。

「うあああああああっ!」

ガッ!

ホークは振り向きもせず、顔も見えぬ暗殺者の腕を鷲掴みする。掴んだ腕は思った以上にか細い。片方の手で斧をもぎ取り、天高く放り投げる。斧は美しい弧を描き、そのまま地面へと突き刺さった。

ホークが掴んだ腕の主を見る。その顔は、暗殺者と呼ぶには不釣合いな・・・齢として17,8程のあどけない顔の少女だった。

「お嬢さん、俺に何の用だ」
「うあああっ!放せ!人殺し!」

少女はなおも狂ったように叫ぶ。人殺しと何度もなじりながら。
少女は自由の利く左腕を振り上げ、ホークの顔面に一撃を喰らわせ様とする。
だが、その左腕もホークのもう片方の手によって掴まり封じられてしまう。

「お嬢さん、馬鹿な真似はやめるんだな」
「・・・このぉっ!」
「あだっ!」

少女はホークのすねを蹴り上げる。ホークはたまらず、その場に蹲ってしまった。彼女の両腕を離して。
少女はボロの服からナイフを取り出し、ホークの喉笛に突きつける。彼の首筋から、一筋の血が流れる。

「このっ・・・人、殺し・・・!?」

ナイフが彼の首に深く突き刺さる前に、海賊の一人が彼女のナイフを奪い取り、海へと放り投げる。ナイフはポシャリと静かな音を立て、波の中へ消えた。
ナイフを奪われ暴れだす少女をすぐさまゲラ=ハが羽交い絞めにし、一人の海賊がホークに駆け寄り水術で首の傷を癒し、残りの海賊が少女を取り囲んだ。

「お嬢さん、我々はあなたに危害を加えるつもりはない。人殺しとはどういう意味なのか、話してもらえないだろうか」

始めは抗い、ゲラ=ハの腕を振り解こうとしていた彼女も、状況を判断したのか、やがて大人しく地面に座り込む。それから、沈黙が続く。
少女の体は潮水で濡れ、冷えか恐怖か、体を小刻みに震わせる。近くにボートがある事から、それでこのパイレーツコーストに流れ込んできたのだろう。腰まで伸びる程の元は美しかったであろう赤毛は、潮風にやられたらしくボサボサなっている。所々汚れ、擦り切れている白いワンピースは、元は上質の布であったのだろう。ホークをじろりと睨みつけるその蒼い瞳からは、あどけなさと同時に芯の強さも感じさせるものがある。
少女はあくまでも黙秘を続けた。

「・・・あんた、人殺しがどうとか言ってたが、俺はそういうのは趣味じゃねぇ。あんたはまともな身分のお嬢さんらしいが、どこかの行商の娘か?」
「うるさいっ!海賊に話すことなんか何も無い!」

少女がホークに向かって吠える。その剣幕に数人の海賊がしり込みをする。

「おいおい、何も話してくれなきゃ解決ならねぇじゃないか。訳の分からんうちに殺される気はねぇし、あんたも少しは立場を考えた方がいいぜ」

ホークは少女の周りを囲む海賊達を顎でしゃくる。彼等は全員武器を構えて少女を睨みつける。本気で傷つける気は無いにしろ、油断すればゲラ=ハの腕を振り解き暴れかねない。

「・・・海賊は、大切な物だって簡単に奪っていくのよ・・・人の命だって・・・」

少女から今までの覇気が消える。俯き、先程とは打って変わってしゃがれた声で途切れ途切れに語り始めた。


私の父はバファル帝国親衛隊として務めていた。騎士としての腕が立ち、厳しさと優しさを兼ね備えたその人柄のおかげで人々からの信頼も厚かった。私に対してもそうだった。あまり家に帰って来なくて母親の居ない私は寂しかったけど、家に帰ってきたらずっと一緒にいてくれた。私はそんな父が大好きであると同時に尊敬もしていた。

一週間ぐらい前、メルビルの港にボートと一緒に男の人が流れてきたの。血まみれで切り傷だらけで、手首が無かった。その人は海賊にやられたって。海を見たら、海賊が船を襲ってたの。船はあっという間にバラバラにされて、海賊は殺した人間をゴミみたいに海へ捨てて言ったわ。
私の父は、その光景に耐えられなかった。十年前に客船を襲われた時の悪夢を思い出して。私はその時母を失ったの。父も母を護りきれなかった悔しさと自分が生き残った惨めさで長い間苦しめられてきた。十年前の光景と、その時の光景とが重なったんだと思う。
気がついたら、父は他の帝国兵と共にその男の人が乗っていたボートに乗り込んで海賊の元へ向かっていた。

今思えば、その海賊達はそれすらも狙っての事だったのかもしれない。
船の上なら、いくら腕の立つ帝国兵でも海賊に敵うはずがない。ボートから船に登ろうとする兵士の手首ごと切り落とし、そのままボートに移って着ぐるみを剥ぎ、それから滅多刺しにして海に突き落とす。仲間の海賊がやられたって知らん振り。それで大多数の兵士が命を落としたの。
そう、私の父も。ただ一つ違っていたのは。
着ぐるみを剥がされ、肉を裂かれ、血まみれの肉塊と化した状態でボートに乗せられて私の元へ戻ってきたという事。
それから、私は全てを失った。私に残ったのは『復讐』だけだった。


「成る程、それでボートで流され、ここにきて見覚えのある船を持つ俺を襲った、と」

少女は目を伏せる。

「あんたの事はよく分かった。だが、ウコム神に誓って言ってやる。帝国軍の輩を殺したのは俺達じゃねぇ。殺生はしないってのがモットーなんでな」
「嘘よ。海賊の言う事なんか・・・」

信じられない。その一言が言えなかった。ホークの隻眼は、黒々として澄んでいた。ここへ迷い込むまで嫌と言うほど眺めてきた、珊瑚を鮮やかなブルーで包む一面の海の様に。彼女にも、その曇りの無い瞳の意味を理解し得た。彼は本当に殺しをしないのだと。


「・・・私には、復讐しかないの」

少女はそう呟くしかなかった。その瞳からは、生気を失っていた。復讐という憤りを残したまま。

「このまま行きゃ、確実にそうだろうな。食う物もねぇ、寝るところもねぇ、身を護る物はあの斧だけ。復讐に駆られたまま野垂れ死にするのがオチだろうよ」

少女は動かない。

「よし、取引だ。船が出られる様になるまで寝床と食事の面倒は見てやるから、その間水夫として働く。いいな!」
「えっ・・・!?」

ホークの提案に少女が驚く。海賊達もざわつき始めた。ついさっきまで自分を殺そうとしていた彼女を仲間にするなんて。納得のいかない一人がホークに食って掛かる。

「で、でもキャプテン、あいつはキャプテンを殺そうとしたんですよ!?おまけにパイレーツコーストの場所まで知られて・・・そんな奴を船に乗せていいんですか!?」

「もうこいつに俺達を殺す気は無いだろうよ。それに、ボートの上に何日居たかしらねぇが、衰弱しきってる。大方、潮に流されて偶然来ちまったんだろうよ。そんな奴を放って置いたら海の男の名が廃るぜ。面倒を見るのはサンゴ海を出るまでだ」

彼はしぶしぶ納得せざるを得なかった。キャプテンの物言いに賛否両論あったが、キャプテンに従うのが子分の定め。それ以上、何も言う者はなかった。

空は更に濁った黒に覆われる。街のあちらこちらにあったランプの明かりもぽつりぽつりと消えていく。

「ああ、こんな事やっているうちにすっかり暗くなっちまった。おう、お前等、とっとと部屋へ戻って寝な」
「ええ〜・・・キャプテン、夜はまだこれから・・・」

まだまだお楽しみはこれから、と口々に言う海賊達に、キャプテンが一喝を入れる。

「うっせぇ!朝起きろつっても起きねぇのはどこのどいつらだ!」

と、どこから持ってきたのか、棍棒を握り締め、海賊の尻にバシバシと打ち付ける。たまらず海賊達は「ぎゃっ」とか「ぐぇ」などと悲鳴を上げ、そそくさとレイディラックに流れ込む。

その光景は、さながら子どもを叱る母親の様だ。少女はその異様な光景をじっと見つめていた。

「さて、と」

しんと静まりかえった港、そこに居るのはホークと少女、ゲラ=ハの三人だけだ。

「そういや、まだ名前を聞いてなかったな。お嬢さん」

未だぺたりと座り込む少女に目線を合わせる様、ホークはかがんで彼女の瞳を覗き込む。

「・・・フランシスカ」

少女は彼の目線に顔を背け、俯き加減になる。

「フランシスカ。あの斧と同じ名前か」

ホークは木板に突き刺さったままの斧をチラリと見る。
フランシスカ―――それは投技用の為に軽量に作られた斧にしては少々歪に見える斧である。女性の名でもあるこの名前を、この少女は持っているのである。

「私の父が、強さと優しさを持った女性に育つ様にって付けたの。だけど、私は強くも無いし、優しくも・・・」

ホークはフランシスカの側にそっと寄り、彼女の肩にそっと手を置いた。

「そんな事、言うもんじゃねぇ。女ってのは、その気になりゃ強くも優しくもなれるもんさ。あんただって、そうでなけりゃここまでたどり着いていなかっただろうよ」

「立てるか?」と彼女に気を配り、体を支えてゆっくりと立たせる。彼女の体がまだ小刻みに震えているのが分かる。長旅の衰弱によるものか、濡れた服による冷えか、はたまた今までの事、これからの事への恐怖か。

「とりあえず、中に入れ。その服じゃここら辺でも夜は冷える。腹ん中に何か詰めて暖かくして休めば、少しは気が落ち着くだろうよ」

ホークのごつごつとした大柄な手が、フランシスカの体を支えながらレイディラックの船内へと誘う。ゲラ=ハは斧を拾い上げ、それから彼等の後を追う。フランシスカは彼の手を振り解こうとするが、体がそれを許さない。それ程衰弱している事に、自分でも気づいていなかった。
そして、頭の中はぐるぐると色々な想いが駆け巡る。今までの海賊という概念がことごとく崩れ去っていく。強奪と殺戮を繰り返す、悪魔の様な愚族に自分は助けられているのだ。それは信じられない事であり、信じたくない事でもあった。
それに、自分を支えているその手は、父のものを思わせる。大柄で、ごつごつとしていて、そして優しい・・・



「ゲラ=ハ、あの貨物室の整理をしておいてくれ。元々狭い部屋だが、野郎共と寝かせるよりかはマシだからな」

ホークが船内の一角にある部屋を指す。ゲラ=ハが頷き部屋に向かうのを見送った後、フランシスカを別の部屋へと案内する。

「・・・ここは?」
「みりゃ分かるだろ、メシ食う所だ。ちょっと待ってな」

酒瓶が転がり、汚れた皿やグラスが散乱するテーブルを見れば分からなくはないが、少なくとも『何かを食べられる場所』では無いとも言える。ホークはといえば、コンロに火を掛け、フツフツと何かを煮込んでいる。何やら香ばしい香りが漂うが、食指を動かす気にはなれない。極度の疲れ、復讐の矛先がずれた憤りから来るものだろうが、海賊が作った物なんか食べる気にならないとか毒でも入ってるんじゃないかとかそんな事が頭に浮かんでくる。

「ほらよ、どうせロクなもん食ってないんだろ。とりあえず、これでも飲んで体を暖めな」

渡されたマグカップの中には黄色くドロリとした液体が湯気を立てて注がれていた。マグカップから伝わる暖かさやより強まった甘く香ばしい香りに惹かれつつ、やはり口をつける事までには至らない。

「何だ?ちゃんとコップは洗ってるぞ。それとも毒が入ってるとでも思ってんのか?」

フランシスカが飲む事を躊躇っている事を察してか、彼も鍋からマグカップにそれを注ぎ、一気に飲み干した。
それを見て安心した訳ではないが、少量ならいいだろうと一口含む。

「・・・コーンスープ?」
「おうよ。匂い嗅げばそれぐらい分かるだろ?」

目を丸くするフランシスカを見て、ホークがニヤリと笑う。彼女はそのまま一気に飲み干す。体は温まり、物事が定まらない頭が少し落ち着いた。

「あと、何か食えそうなもんは・・・あいつら後先構わず食うから、ロクなもん残ってねぇな。ん、チーズ?ああ、だめだ。こりゃカビてる・・・」

一人ブツブツと文句を言いつつ棚を漁るホークを見つめ、彼女は一人今までの事を思い返す。
今、自分がここに居るのは奇跡としか言いようが無い。あの父の無残な姿を見てからの記憶はほとんど記憶に無かった。気がつけば、少量の荷物と斧を片手に、海賊が去った方角へボートを進めていた。だが、海賊の船に追いつけるはずも無く、それからはただ一面の大海原を相手に気を狂わせそうになりながらもただひたすら進めるものの、食料も気力も底を尽き、そのまま死ぬだろうと確信しかけた時だった。
この船が見えたのは。
運命は、私の敵なのか、味方なのか。

「ん〜、干し肉なら食えそうだが、胃に良くなさそうだな・・・」
「いいの、私もう休むから」
「ん、そうか。なら、そこにいる奴に部屋まで案内してもらいな。服も用意したから着替えるといい。風呂はねぇから、自分でどうにかしてくれ」

入り口を見ると、いつの間にかゲラ=ハが立っていた。
ゲラ=ハは「どうぞ」と彼女を案内し、先程前を通った貨物室の前まで連れて行く。
部屋の中は荷物が積まれ、人一人眠れるぐらいのスペースしか無く、クシャクシャであまり清潔感の無い布団と丁寧に折り畳まれた服が何枚か置かれていた。

「少々狭いかと思われますが、どうぞご自由にお使い下さい。では」

それだけ言うと、ゲラ=ハはフランシスカに背を向け、廊下を歩いていった。

「待って、トカゲさん」

それをフランシスカが止める。ゲラ=ハは足を止め、振り返ってこう言った。

「私の事はゲラ=ハとお呼び下さい」
「ごめんなさい、ゲラ=ハ。少し話し相手になってもらえないかしら」

ゲラ=ハは分かりました、と彼女と貨物室に入り、部屋の端に座り込む。

「ねえ、ゲラ=ハ、あなたはゲッコ族なのよね。ゲッコ族は人間を好まないみたいだけど、何で海賊の仲間になったの?そんなあくどい事して・・・」
「私は、人間の友達が欲しかった。生まれてくる神は違えども、同じ生を受けた者として共に歩めるのではないかと考えていたのです。ですが、ゲッコ族の長を始め皆は決して首を縦に振ろうとはしなかった。勢いに任せて村を出たはいいものの、何処へ行くとも見当付かず途方にくれていたところ、沖から船が見えたのです」
「それが、この船だったのね」

ゲラ=ハは頷く。空を見つめ、思い出に浸る様に、夢心地にも思える表情で答えた。

「キャプテンは自由というものを教えてくれました。ちっぽけなゲッコの村では到底見る事の叶わない世界を。だから、私は今もここにいて、海賊として生きているのです」
「でも、海賊は人の物を盗んで、悪い奴らでしょう?そこまでして自由が欲しいの?」

フランシスカがやや声を荒げ、ゲラ=ハ食って掛かる。

「確かに、道理から離れた行為です。しかし、私も、キャプテンも、この船の皆それを分かってのことです。それに対する報いも。失敗すれば投獄、あるいは死が待ち構えている。要するに、弱肉強食の世界なのです。食うか食われるか。失敗すれば死あるのみ。ただし、必要以上には狩らない。娯楽ではなく、あくまで生きる為の術として。海賊とは、そういうものなのです」
「・・・良く分かんない」
「傍から見ればそんなもんでしょう。ですが、それでいいのです。わかれと言ってわかる事ではないのですから。さ、あなたもお疲れでしょう。寝心地は良くないでしょうが、彷徨うだけの船よりは眠れると思いますよ」

瞼を重そうにしているフランシスカを見、ゲラ=ハは足早に部屋を去っていった。
意識が朦朧としかけたフランシスカは、僅かな意識で適当な服を引っ掴んで着替え、もぞもぞと布団の中に潜り込むと、そのまま意識が途絶え、深い眠りについた。





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ゲーム本編からちょっと離れた話を書いてみました。2ページぐらいで抑えるはずが1ページ余分に増やす羽目になりそうです。
こういうオリジナルキャラが出てくるのが好まない人もいるかもしれませんが、何となく書いてみたくなって・・・
まあ、復讐の部分がどれだけ表されるか自分でも解りませんがね〜・・・
それ以前にちゃんと終わるかな〜。(オイ)         2005/08/28 礎 聖次

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