096:異人の踊り手



酒場は街の顔である・・・
そう語る旅人もちらちらと見かける。
酒場で酒を酌み交わせば、その地のあらゆる情報を手に入れる事が出来るから、だそうだ。

密かに溜め込んだ小銭を持ち込み、毎晩の酌を生きる糧とする街の老若男女。
どこからともなく、ふらりと現れる流離いの旅人。
旅人は地元の情報を、街の者は冒険譚を酒の肴に互いに杯を交わす。
たまに熱を上げてあらぬ事をけしかける者もいる、が。
とにかく、笑い声にせよ怒号にせよ、それと酒の香に包まれた酒場は憩いの場である・・・と。


「おお、姉さん良い飲みっぷりだねぇ!」
「ん、ありがと。もう一杯頂けるかしら?」
「よっしゃ、オレがおごったる!一気にいけ一気に!」

この日のアルツールの酒場も、五人の旅人の来訪によって賑わっていた。
アルツールといえば果実、特にロレンジが名産品である。当然、それを加工した食品も。 バーバラはそんな加工食品、もといロレンジ酒を四杯、いや、五杯程飲み干していた。その飲みっぷりと彼女の成熟した色香に、酒場の男共はすっかり魅了されていた。
男共がバーバラであれば、女共は詩人に首ったけ、といった感じだろう。甘く淑やかな声で男女の恋物語を語る彼の周りには、黄色い声が飛び交っていた。

そんな二人の様子を、アイシャは唇を尖らせながらカウンターから見つめていた。あの二人は酒場に行けばいつもこう。つまらない、といった感じだ。
そっと、カウンターからコップが差し出された。アイシャが振り向くと、白髪混じりの男、この酒場のマスターはそのグラスにとくとくと液体を注いだ。ロレンジのジュース、にしては色が薄い。どちらかと言えば黄色に近い色合いだ。

「様々な果実を混ぜたジュースです。私のおごりですよ。もっとも、作る度に配分が違ってくるので味の保障は出来かねますが」

アイシャは言われるままにそれを口に運ぶ。ほんの少し口に含んだ途端、口の中に強い酸味が広がり、反射的に眉をしかめる。

「酸っぱい」
「お気に召しませんでしたか?」
「ううん、色んな果物の味がして、すっごくおいしい!」

ぱあっとアイシャの顔が笑顔になる。マスターもつられて笑みをこぼす。その笑顔の為に、私は酒場を営んでいるのですよ、と言いながら。

「ところで・・・姉さん、ひょっとして踊り子かい?」

バーバラの隣でしげしげと見つめていた男が、突拍子も無く言い出した。踊り子の噂を聞いていたから、と付け加えて。
途端に彼女以外の四人の表情が、少し強張る。
それを知ってか知らずか、バーバラは意味ありげな流し目で奥の壁を見つめる。いつもの事、相手に気があるように思わせる手段ではあるが、今日のは痛々しげだと彼女を知る者は思っていた。

「そうよ。踊り、気に入ったらはずんでおくれよ」
「それでは、微弱ながら私もお手伝いしましょう」

詩人はリュートを構え、静かに詩を語りだした。
巨万の富を持つ男と、貧しい女の悲恋を詩にしたものらしい。

誇りよりも高き城 一面鮮やかな装飾
煌びやかな衣 それが何になりましょう
我が欲するは 貧しきなりともその美しき心

右の者は黄金に包まれ 左の者は見る者を振り向かせる絶世なる御姿
幾多の者が我に言い寄ろうが それが何になりましょう
我が欲するは 貧しきなりとも忠誠を尽くすその瞳

たとえ深き遠き海の向こうであれど たとえ行く手を阻む山の向こうであれど
我はそなたを求むと誓うでしょう
我はそなたを包むと誓うでしょう
我はそなたを愛すると誓うでしょう

ああマルディアスの地よ 願わくば我らに神々の恩寵を

そこで詩は止まり、詩人はリュートを掻き鳴らす。初めは情緒を押さえ、徐々に情熱を帯びたリズムを作り出す。彼はそれに合わせ、古代語を巧みに操り物語を展開させる。踊り子はそれに合わせ、時に情熱的に体を振り回し見る者を圧倒させ、時に艶かしげに腰をくねらせ見る者を官能の世界に浸らせる。詩人の詩は聞く者にその言葉は理解出来ないが、流れる音楽や口調、踊り手の動きにより皆それぞれの情景を、おのずと目に浮かべる事が出来た。
最早、酒場は完全に旅人一座のステージと化していた。ある者は踊り子の動きに息を飲みつつ、ある者は詩人の詩の情景を浮かべその世界に浸りつつ、ある者はそれを酒の肴に酒を呷りつつ、思い思いにその時を過ごす。

皆が詩と踊りを求めカウンターを囲む中、一人背を向ける男の隣にジャミルが席に着く。

「すげえな、あいつら。流石プロだぜ」
「いいんですか、踊りを見なくても?」
「いや、楽しませてもらうけどよ。そういうお前だって」
「私も、せめて何か楽器があればお供できたのですが・・・」

エルマンは水の入ったコップを握り締め、力なく笑った。
ジャミルは側に立っていたウェイトレスを呼び、アルツールの果実を扱ったカクテルを注文した。

「お前も水なんか飲んでないでさ。折角だから何か頼めよ」
「では・・・私はこの果実酒を」

ウェイトレスは微笑のままカウンターへ向かい、いくらかも経たないうちに二つのグラスを客人の前に並べた。

「いいのかい?そいつは・・・ま、商人のあんたなら言うまでもないか」

エルマンが注文した果実酒は、店の品の中でもアルコール分の低い甘口の種類に入る。この手の酒は口当たりがよく飲みやすく、酔いが回りにくい。その為に何杯でも飲めてしまう。そういう魂胆が仕組まれている。

「ええ、私はお酒には強くないですからね、コレぐらいが丁度いいんですよ」

そう言って、一口口に運ぶ。喉を通り越してから来るふわりとした感覚がなければ、酒とは到底思えない、いくつかのフルーツを混ぜ込んだ果実酒だ。安上がりな奴だな、とジャミルは笑う。

「ところでさ、彼女の事どう思う?」
「彼女って・・・姐さんの事ですか?」
「そう。あれだけいい女なんだからさ、あんたはどう思ってんのかな〜って」
「いや、どう思ってるかなんてそんな」

そうは言いつつも、頬が赤くなるのは酒のせいか今の問いのせいか。

「でも、美しい方ですよ。容姿も内面も、その生き様も」
「そうだな・・・ところで、あんたは何で旅芸人の一座に入ったんだ?」

エルマンは少し悩んだ後、ちらりとバーバラの方を見、果実酒をぐいっと飲んで話し始めた。


私はタルミッタで商いをしながら暮らしていました。詳しい事は言えませんが、商売上嫌と言うほど黒い金が動くのを見てきました。

何処の国だってそうだぜ、とジャミルが口を挟む。
奴隷、とか。

自分自身、気づいていなくても、この生活に嫌気がさしていたんでしょうね。
ある日、旅芸人の一座がタルミッタにやってきたんです。もっとも、その頃の私は商売以外に興味は持っていませんでした。そんな事にお金を費やしたくもなかったですし。
それでも、たまたま側を通りかかった時、ついつい楽しげな音楽につられてその方を見たら・・・
美しく、妖しく踊る彼女、バーバラ姐さんとの出会いでした。
本当に、美しかった。一目見て惚れ込みましたね。

「あ、いえ。そういう意味ではなくて・・・」
「分かってるって。で、続きは?」

いつもの私なら、その後で集められる金の方へ目が行っていたでしょうね。いくらぐらい儲かるのかって。商人の・・・私の癖ですね。でも、その時はただ彼女の顔を眺めるだけでした。舞をこなし、達成感に満ちた笑顔で客人と接する彼女に。
私は不思議に思いました。人に笑顔で媚を売り、それで金を儲けるのなら水商売の女でも出来るのに、彼女、いえ、その一座の人間は、その様な人間とは違う笑顔・・・表だけではなく、心の底からの笑顔で笑いかけていた事に。
心の底から笑いながら金を儲けている彼等に、興味を持ったんでしょう。私自身の密かな願望であったのかも知れませんが。

「笑ってるって言えばさ、お前っていつも笑顔だな。それも作り笑いか?」
「失礼な。元々こういう顔なんですっ!」

エルマンは笑顔のままむっとしながら突っ返した。滅多な事で怒らない彼を見て、ジャミルはむしろ笑いがふつふつと込み上げ、思わずぷっと吹き出してしまった。不快感が拭えないまま、彼は果実酒を一口飲んで彼はまた続きを話し始めた。

とにかく、その旅芸人達に惹かれていたんです。
そして、彼等が構えていたテントにふらりと立ち寄ったところ・・・

「ん〜、ちょっと待ってよナタリー。今計算している途中なんだから・・・ああもう、またおかしくなっちゃった」

ついさっき踊っていた踊り子が、見物客からの金を悪戦苦闘しながら勘定していたんです。あまり大っぴらには言えませんが、姐さんはあまりそういうのは得意ではないですから。

「あ、あら、ナタリーじゃないの・・・どちら様?」
「あ、いえ。その・・・」

あの時は気まずかったですねぇ。しばらく無駄に沈黙が続きましたよ。
それから、その後・・・

「あら、あんた計算速いのね」
「ええ、まあ。これが本業ですから」
「すごい、もう終わったわ!あたしなんかどれだけ時間かかってるんだか・・・」


「わははっ!お前勘定手伝わされたのかよ!」
「ええ、成り行きで・・・そのおかげで今こうしていられるのですけどね」

グラスにわずかに残った果実酒を流し込む。酸味と、少々の苦味を覚えつつ、続きを思い出しながら先を続けた。

「ありがとう、おかげで助かったよ。前いた会計係のコが一座から離れちゃったから、皆で交代してやってるけど、あたしはこういうの苦手でねぇ」
「はあ・・・あの、やっぱり旅は大変なんですか?」

世間話、という訳ではないですが、仕事と金が釣り合うのかを探ろうと思った訳ですよ。

「うん、そうだね。時期やお国柄によっては全く相手にされない事もあるし、旅の途中でゴロツキやモンスターに襲われる事もある。時にはその日の食事にありつくのにも苦労する事もあった。でも、あたしはこの生活が好き。色んな国の人と出会えて、あたしの踊りを見てくれるから」
「人に・・・踊りを見てもらうために、一座に?」
「正確には、踊りを踊る為に、かな。見てもらうのは二の次。ついでにお金を稼いでるって感じかな?」

金を稼ぐ以外の理由で働いている。その時の私は、それが信じられませんでした。

「あたしはね、自分の為に踊っているんだ」
「自分の・・・為に?」
「そう、誰かが見てくれるからとか、そんな事はどうでもいいの。たとえ誰も見てくれなくても、あたしはあたしの為に踊り続けるよ」
「でも、誰も見てくれなかったら、悲しいじゃないですか。お金だって稼げないし・・・」

「そう。それはとても悲しい事。でも、あたしにとって踊りは人生そのものなの。踊りの為に、何でもやってきた。女だからって馬鹿にされない様に戦術を鍛えたり、目的地の土地柄を勉強したり。たとえしわくちゃのお婆さんになっても、誰も振り向いてくれなくなっても、体が動かなくなるまで踊り続けるわ。それが、あたしの誇り」

私は、それ以上聞き返す事が出来ませんでした。踊りについて語る彼女の瞳は真っ直ぐで、情熱的で、美しかった。彼女の生き様と同じ様に。
そして、決心したんです。この人の元で働けば、この禍々しい世界から抜け出せると。

「それで、今に至る訳か」
「はい。幸いにも、会計係のポジションは空いていたので、皆さん快く受け入れてくれました。正直、タルミッタに居た時より生活は大変でしたね。魔物が巣食う道を通る為、戦闘を余儀なくされますから。あの頃は・・・いや、今もですが、姐さんに助けられっぱなしでした」

もちろん、充実した生活を送っていましたけどね。


「さっき、あなたは聞きましたよね」
「あ?」
「彼女の事をどう思う?と。ひょっとして、昼間の出来事の事について聞きたかったのでは?」

ばれたか、と舌をベロリと出してバツが悪そうに頭を掻く。

「そう。あれって、どう考えても彼女に対して言っているとしか思えないだろ?長い付き合いのお前だったら、何か感じたかな〜って」


遡る事数時間前。彼等が立ち寄った酒場にて、一人の女性の姿があった。見知った顔。バーバラが一声掛けると、女性は彼女を拒絶した挙句、こんな話を始めた。

エスタミルの花と呼ばれた踊り子。美しい彼女は皆にもてはやされたが、老いてからは見捨てられ、物乞いとして生涯を終えたという・・・

彼女はそれ以上口を開かなかった。彼等もまた、口を開く事が出来なかった。バーバラは一言「じゃあね」と挨拶してから、皆を引き連れて店を後にした。その時の表情は飄々としていて、特に気にかけた様子は無かったが、それがかえって仲間達には不安だった。 ジャミルはどうにかして明るい話題を振ろうとし、アイシャもまたそれに応えるが、その空気はどこかぎこちないものであった。それからアルツールに向かい、酒場で夜を明かそうと切り出したのもジャミルだった。

「でもさ、お前と話して、何だか大丈夫な気がしてきたよ」
「そう、ですか?」
「お前、今言っただろ?彼女は踊りに人生を賭けてるんだ。そう簡単に踊る事を恐れたりしないって。それに、さ」

ジャミルがカウンターの方へ振り向く。エルマンもつられて振り返ると、踊り子、歌い手、観客、皆それぞれが絶頂の盛り上がりを見せていた。
バーバラの踊りは更に情熱を帯び、詩人の詩はリュートと共に天へ地へと激しく変動し、アイシャを含む観客は手拍子、口笛指笛、歓声でその場を盛り上げる。

「あの踊りを見ていたら、大丈夫な気がするんだ。彼女はちゃんと踊っている。それを見て皆が楽しんでいる。オレは彼女じゃないし、彼女がこれからどうなるかなんて分からないけど、やっぱりバーバラは踊りが好きなんだよ。今の彼女の表情を見ていたら、分かるだろ」

ええ、とエルマンが相槌を打った後、二人は屈託の無い満面の笑みを湛えたバーバラの踊りを、静かに見守り続けた。




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世にも珍しい(?)エルマン主役小説。(いや、この場合バーバラか?)
異人の踊り手と出会って、一座の仲間入りをするという話なんですが・・・むしろ最初の酒場のシーンの方が力入ってます。ちなみにパブを酒場と表記しているのは自分の趣味です。
このメンバー、自分の二週目のメンバーだったりします。意識はしてないんですが、この5人は動かしやすいかも。
ちなみに一座に入る前のエルマンの設定はもう少し深く黒くするつもりでしたが、あまり設定を加えすぎるのもな〜と思ってやめときました。
2005/10/30 礎 聖次


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